1972年(昭和47年)6月、「泉パークタウン」第1期起工

住民とともに、50年先100年先を見据えた街づくりに取り組む

パート4
さらに成長を続ける街づくりのために

「付加価値づくり」が重要なポイント

仙台ロイヤルパークホテル

仙台ロイヤルパークホテル

仙台泉プレミアム・アウトレット

左/泉パークタウン タピオ、右/仙台泉プレミアム・アウトレット

街開きから40年あまりを経て、成熟度を増す泉パークタウン。1995年(平成7年)には仙台ロイヤルパークホテル、1997年(平成9年)には宮城大学、1998年(平成10年)には宮城県立図書館がオープンした。

さらに今後、泉パークタウンは、どのようにして街の機能と魅力を向上させていくのか。そのポイントは「付加価値をつけること」と平生は話す。

「街づくりには、そこに暮らす人々のコミュニケーションや街への愛着に加えて、外部の人に街を利用してもらう視点も重要です。泉パークタウンの外から、ここの施設を利用しに来る、いわば『来街者』と呼べる人々をつくり出すことができるかどうか。もちろん、この街が築いてきたクオリティを損なってしまっては意味がありません。そのバランスが今後の街づくりには重要になります。マスタープランづくりに携わりましたが、当時は文字通り夢だったホテルや大学、大規模な図書館もできました。ゴルフ場や乗馬クラブ、今流行りのアウトレットもあります。さらにはシニア向けのケア付きマンションなど時代のニーズによって登場した施設など、泉パークタウンには、今ではいろいろな施設が揃っています。それらが泉パークタウンの住民以外からも支持されて、同時に住民にとっても街の魅力になる。そうした長期の視点に立ったメカニズムを、どうやって設計し、構築し、運営していくかが重要です」

2008年(平成20年)には、仙台泉プレミアム・アウトレットと泉パークタウンタピオがオープン。年間約400万もの人が訪れ、街の活性化に貢献している。

泉パークタウンというブランド

統一されたデザインでつくられた住居案内板。4方向どこから見ても住所がわかるようになっている

統一されたデザインでつくられた住居案内板。4方向どこから見ても住所がわかるようになっている

さらに、泉パークタウンサービスの責任者として、常に街と寄り添っている藤岡はこう指摘する。

「『泉パークタウン』というブランドを、もう一段上にあげたいと思っています。私の考えでは、ブランドとは、相手に期待以上の感動を与えられるものであり、自慢・誇りにしてもらえるもの。実は泉パークタウンは緑が多いので、夜は暗くなってしまう場所もありました。そこで夜間のライトアップを企画して試験点灯しました。ちょうどその時、母親と高校生くらいの娘さんが通りかかって『お母さん、きれいだねぇ。この街に住んでよかったね! 今度はおばあちゃんにも見せてあげたいね』と話していたのです。これが住民の皆様にとっての泉パークタウンのブランドなのだと実感し、胸が熱くなりました。こうした試みを積み重ねて、住民の皆様をはじめ、街を訪れる方々にも評価してもらえる街づくり、ブランドづくりを続けていきたいと思います」

50年、100年を見据えた街づくりを

幹線道路には大きな街路樹が並ぶ

日本各地で、ニュータウンと呼ばれる住宅地がいくつも造成され、多くの人々がそこに家を建て、生活を始め、街が形成されてきた。しかし、開発の当事者であるデベロッパーは、分譲を終えたら街の運営には関わらないことがほとんど。住宅地をつくっても、街づくりには関与しないのだ。

しかし当社は、泉パークタウンの開発を通して生み出した「シビルライセンス」という思想のもと、宅地開発においても、50年100年を見据えて、住民とともに街づくりをすすめている。

これは明治時代、広大な荒れ野原に過ぎなかった丸の内を政府から購入し、そこに日本を代表するオフィス街をつくる夢を描いて、実現してきた当社だからできたこと。いや、むしろ50年100年という長い視点で街づくり・住まいづくりを考えることは当社にとっては、当たり前のことだ。平生は言う。

「かつて当社は何もない原っぱに、突然、レンガ造りのオフィスビルを建てた。周りから見れば『変わり者』ですよ。でも、それをやり続けて実現してしまう。常識はずれの泉パークタウンの開発にも、そうした側面があったと思います。でもそれが当社の街づくり・住まいづくりの基本姿勢です。どんな時代になっても、その姿勢が変わることはないでしょう」

なお、2014年に街開き40周年を迎えた泉パークタウンは、「土木学会景観・デザイン委員会デザイン賞2104」優秀賞を受賞。40年が経過した今も、当初のマスタープランを貫き、いわゆる大規模ニュータウンとは異なる快適な街並みが創出されていること。40年におよぶ長い開発事業の中で、新しい開発のみならず、古い住宅地の維持管理にも注力していることなどが評価された。

取材協力

  • 平生進一 氏

    藤岡雄二 氏

    1961年生まれ。1984年成蹊大学経済学部卒業。三菱地所株式会社入社。3回の仙台勤務(通算23年)を経験。自らも泉パークタウンに居住し、リゾートパークオニコウベ、泉パークタウンの街づくり事業に従事。東日本大震災も泉パークタウンで被災。街の復興に向け災害対策本部で陣頭指揮を執った。2009年㈱メックアーバンリゾート東北社長就任。2010年㈱泉パークタウンサービス社長就任。2015年4月より㈱東北ロイヤルパークホテル社長。

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