1993年(平成5年)8月、「パークハウス多摩川」全体竣工

一世紀を超える丸の内開発のDNAがつくり上げた未来を見据えた理想のマンション。

パート4
三菱地所だからこそ可能だった理想の追求

「100年後を考えてつくれ!」

北街区の屋上より、南街区を望む。各棟のルーフバルコニーも緑であふれていることがわかる。

北街区の屋上より、南街区を望む。各棟のルーフバルコニーも緑であふれていることがわかる。

竣工から20年経った現在、「パークハウス多摩川」で実現された数多くのスペックが、ザ・パークハウスの基準、お手本となっている。前出の設計担当者は正直に語る。

「バブル景気に後押しされたのは事実です。それでも時代の都合ではなく、これからの『あるべき姿』を追い求め、それを愚直に実行し、やりきった点は、私たちの誇りです」

年月を経てなお、その価値を失うことなく、むしろより一層深みを増している「パークハウス多摩川」。この存在を可能にしたものこそ、「当社のモノづくりへのこだわり」「当社のDNA」と平生も振り返る。

「他の大手マンションデベロッパーと当社の違いは、社内に設計者など技術面を担う者がいるかどうかが大きいと思います。他社であれば、社外の設計事務所とチームを組んでマンションを開発し、それが終わったらチームは解散ということを繰り返します。その方法でも、確かにいい物件をつくることはできます。しかし、社内に建物に対する理念を蓄積していくことは難しい。かつての自分の上司は、口癖のように『100年後を考えて建物をつくれ』と言っていました。自分たちがこの世からいなくなっても、自分たちがつくった建物は残っている。そのときに恥ずかしくない建物をつくれ、ということです。それは明治30年代、何もない原っぱだった丸の内をレンガ造りの洋風建築が立ち並ぶ、『一丁倫敦』と呼ばれるオフィス街にまで育て上げた当社に流れるDNAなのです」

自動車工場の跡地に出現した、高品位かつ広大な居住空間である「パークハウス多摩川」。それは「一丁倫敦」から街づくりがスタートした丸の内が、先達たちの信念を具現化したものだったことと同様に、「100年後でも誇れる建築物をつくる」という関係者たちの信念がこの多摩川のほとりで具現化されたものといえるだろう。

長期使用を可能にする独自のノウハウ

エントランスホールは、大理石の床にはめ込まれたアクセントタイルと砂岩の壁が印象的。

エントランスホールは、大理石の床にはめ込まれたアクセントタイルと砂岩の壁が印象的。竣工から20年以上経っているとは思えない美しさをたたえている。

「パークハウス多摩川」が、今も高い価値を維持しているもうひとつのポイントは「長期の視点に立ったものづくりにある」と設計者は語る。

「家は、多くの方にとって、一生に一度の高額な買い物です。だからこそ、しっかりとしたメンテナンスや管理体制は非常に重要な要素となります。その点、当社には丸の内から始まったオフィスビルの建設、管理で培われた思想とノウハウがあります。もともとが高品質な建物であれば、適切なメンテナンスを施すことで、長期にわたって住み続けることができます。もちろん、それでも改修が必要な個所は当然発生しますので、そのとき、補修や改修しやすいように、はじめから配慮して設計しておきました。長期使用が前提となるオフィスビルにはこうした視点は当たり前です。多くのオフィスビルを手がけてきた当社ですから、マンションについても『売ったら、そこで終わり』という考え方ではなく、住んでいる方が長期にわたって快適に住み続けることのできるような設計と仕組みづくりが可能だったのです」

これからもスタンダードであり続ける

北街区管理棟の前から洋風庭園越しに見た北街区。

北街区管理棟の前から洋風庭園越しに見た北街区。右から北壱番館、北弐番館、北参番館が青空に映える。

関係者たちが、自らの信念を徹底的に追求した「パークハウス多摩川」。「東京の住まいの新しいプロトタイプ」を掲げて、「世代を超えて住み継がれる住宅」「生活を愉しむ住まい」「人と自然の共生」などを目指した取り組みは、確実に成果を上げ、今に至るまで着実な歩みを重ねている。

実際に入居者の中には2世代にわたって住み続けたり、戸建ての家を売却して移り住んでこられた方もいらっしゃる。「転出されるケースが非常に少ない」とメンテナンスを担当する方がポツリと語った一言が、その価値を端的に言い表している。

これからさらに年月を重ね、50年、そして100年の時を迎えたときに、どのような姿を見せるのか。その歩み、取り組みは、これからも色あせることなく、輝きを増していくことだろう。

取材協力

  • 平生進一 氏

    平生進一 氏

    1948年生まれ。1972年東京工業大学社会工学科卒業。三菱地所株式会社入社。1997年〜2008年商品企画部長としてパークハウスをプロデュース。2009年株式会社メックecoライフ社長就任。soleco(一括高圧受電と太陽光発電を組み合わせたecoマンションシステム)で2010年グッドデザイン賞受賞。2011年次世代型エコマンション パークハウス吉祥寺OIKOSをプロデュース(2010年度国交省住宅建築物省CO2推進モデル事業に採択。2011年度グッドデザイン賞受賞)。これからの住まいを一緒に考えるサイト「スマイラボ」で2012年グッドデザイン賞受賞。2013年4月より株式会社メックecoライフ顧問。

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