向日神社/竹の径

ヒストリーインタビュー

ヒストリーインタビュー

歴史と文化が薫り、豊かな自然が息づく街。
向日市には当時の面影を偲ばせる史跡が点在。
向日市には当時の面影を偲ばせる史跡が点在。
向日市には、延暦3年(784年)桓武天皇より造営された「長岡宮大極殿跡」、豊臣秀吉が休んだ旅籠「富永屋」、京都府の指定文化財「須田家住宅」など、歴史情緒あふれる史跡が点在。それらの一つひとつの場所には悠久の歴史が息づき、当時の面影を垣間見ることができます。
向日市には、延暦3年(784年)桓武天皇より造営された「長岡宮大極殿跡」、豊臣秀吉が休んだ旅籠「富永屋」、京都府の指定文化財「須田家住宅」など、歴史情緒あふれる史跡が点在。それらの一つひとつの場所には悠久の歴史が息づき、当時の面影を垣間見ることができます。
指定文化財等分布図
長岡京の宮城が置かれていた「向日市」。
長岡京の宮城が置かれていた「向日市」。
長岡京は延暦3年(784年)、桓武天皇により奈良の都「平城京」から遷された都です。現在の向日市エリアは長岡京の大部分を含み、周辺は多くの河川に恵まれ、交通の要衝としての役割を担っていました。延暦13年(794年)に、平安京へと遷都されるまでの10年間は、政治を司る「大極殿」や「朝堂院」、天皇の住まいで現在の皇居にあたる「内裏(だいり)」など、さまざまな機能が集積していました。
長岡京は延暦3年(784年)、桓武天皇により奈良の都「平城京」から遷された都です。現在の向日市エリアは長岡京の大部分を含み、周辺は多くの河川に恵まれ、交通の要衝としての役割を担っていました。延暦13年(794年)に、平安京へと遷都されるまでの10年間は、政治を司る「大極殿」や「朝堂院」、天皇の住まいで現在の皇居にあたる「内裏(だいり)」など、さまざまな機能が集積していました。
長岡宮跡(朝堂院公園)(徒歩18分/約1,440m) /長岡宮跡(大極殿公園)(徒歩16分/約1,250m)/長岡宮跡(大極殿公園)(徒歩16分/約1,250m)
遷座1300年を迎える古社「向日神社」。
向日市に鎮座する向日神社の歴史は1300年と古く、創建は養老2年(718年)です。国の重要文化財に指定されている本殿は応永25年(1418年)に建造。御祭神は向日神(むかひのかみ)、火雷神(ほのいかづちのかみ)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、神武(じんむ)天皇の四社の大神様で、市民の守り神としてあつく崇敬されてきました。また、大鳥居から社殿に続くおよそ200mの長い石畳の参道は、春になると200本以上が咲き誇る桜のトンネルを生み出し、その美しい光景は、乙訓八景<sup>※1</sup>の一つとして数えられています。秋には色鮮やかな紅葉が楽しめます。※1昭和61年、乙訓商工連絡協議会が乙訓地域の観光振興と四季折々の豊かな自然、優れた歴史的遺産などを広くPRすることを目的に、一般公募をおこない選定された。
向日市に鎮座する向日神社の歴史は1300年と古く、創建は養老2年(718年)です。国の重要文化財に指定されている本殿は応永25年(1418年)に建造。御祭神は向日神(むかひのかみ)、火雷神(ほのいかづちのかみ)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、神武(じんむ)天皇の四社の大神様で、市民の守り神としてあつく崇敬されてきました。また、大鳥居から社殿に続くおよそ200mの長い石畳の参道は、春になると200本以上が咲き誇る桜のトンネルを生み出し、その美しい光景は、乙訓八景※1の一つとして数えられています。秋には色鮮やかな紅葉が楽しめます。
※1 昭和61年、乙訓商工連絡協議会が乙訓地域の観光振興と四季折々の豊かな自然、優れた歴史的遺産などを広くPRすることを目的に、一般公募をおこない選定された。
向日神社
豊臣秀吉の時代にまで遡る向日市の歴史。
向日市の前身となった向日町の成立は天正20年(1592年)とされています。豊臣秀吉が西国街道沿いの向日明神(向日神社)前に、新しい町を造ったことが始まりと言われています。現在の市民会館から西国街道と物集女街道が交差する上之町界隈では、宿屋・油屋・酒屋・醤油屋・呉服屋・魚屋・質屋・両替屋など、多くの商店が並び乙訓地方の商業の中心地として栄えていました。
向日市の前身となった向日町の成立は天正20年(1592年)とされています。豊臣秀吉が西国街道沿いの向日明神(向日神社)前に、新しい町を造ったことが始まりと言われています。現在の市民会館から西国街道と物集女街道が交差する上之町界隈では、宿屋・油屋・酒屋・醤油屋・呉服屋・魚屋・質屋・両替屋など、多くの商店が並び乙訓地方の商業の中心地として栄えていました。
西国街道/中小路家住宅
豊かな自然がゆっくりと時を刻むまち。
現在「大極殿」や「内裏」跡は、史跡公園として整備され市民の憩いの場として親しまれています。竹林浴の地として親しまれている竹の径は、平成12年からは竹林の景観を保全するため、放置竹林対策など環境整備を開始。全長約1,800mの竹の径には、竹の枝を束ねた「竹穂垣」、かぐや姫の十二単衣の襟元をイメージした「かぐや垣」など趣向を凝らした8種類の竹垣が続き、その美しい光景は「京都府景観資産」「京都府文化的景観」に選定されています。
現在「大極殿」や「内裏」跡は、史跡公園として整備され市民の憩いの場として親しまれています。竹林浴の地として親しまれている竹の径は、平成12年からは竹林の景観を保全するため、放置竹林対策など環境整備を開始。全長約1,800mの竹の径には、竹の枝を束ねた「竹穂垣」、かぐや姫の十二単衣の襟元をイメージした「かぐや垣」など趣向を凝らした8種類の竹垣が続き、その美しい光景は「京都府景観資産」「京都府文化的景観」に選定されています。
〈向日市の歳時〉

※掲載の写真は、特記のない限り平成28年4月〜7月に撮影したものです。

※掲載の写真は、特記のない限り平成28年4月〜7月に撮影したものです。

PAGETOP