【公式】ザ・パークハウス 日本橋大伝馬町|13駅22路線利用可能|三菱地所レジデンスの新築分譲マンション

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日本橋大伝馬町

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江戸文化が現代に継がれる日本橋

江戸文化が現代に継がれる日本橋

五街道の起点「日本橋」

五街道の起点「日本橋」

皇居の東側、東京駅に隣接して広がる中央区の街。賑わいの地として知られるここ日本橋は、江戸時代より重要な役割を担ってきた。慶長8年(1603年)江戸幕府開幕の年に架橋が行われ、日本橋が誕生。日本橋は東海道を含む五街道の起点に定められ、また当時江戸の物流において日本橋川がその大道脈となっていたことから、日本橋は人と物が頻繁に行き交う、水陸両面にわたる江戸の最重要拠点となった。

「東海道五拾三次 日本橋・朝之景」※国立国会図書館ウェブサイトより転載。

商業の中心地「日本橋」

商業の中心地「日本橋」

城下町として栄えた江戸時代より、日本橋は商業の地としての華やぎも脈々と受け継いできた。日本の百貨店の歴史は、1673年に日本橋に誕生した「越後屋呉服店」から始まる。同店は江戸屈指の大店であったと言われ、1928年に称号を改め「三越」となった。 現在の日本橋には、三越日本橋本店の他、日本橋タカシマヤ、コレド室町、YUITOなど新旧の大型商業施設が立ち並び、江戸時代から変わらぬ輝きを放っている。

日本橋周辺の風景(約990m/徒歩約13分)

文化人が愛した日本橋

文化人が愛した日本橋

江戸時代より、日本橋は文化人も多く住んだ地である。江戸文化は、諸藩の大名や商人、町人が茶道や歌舞伎、浮世絵などを楽しみ、また医学や儒学が発展することで成熟を深めた。当時日本橋には、蘭学医の杉田玄白、蘭学者の前野良沢、儒学者の青木昆陽、国学者の平田篤胤、名医の岡本玄治など、多くの著名人が居を構えた事でも知られている。

歌川広重住居跡(約1.9km)

暮らしの息遣いが今に続く「日本橋大伝馬町」

暮らしの息遣いが今に続く「日本橋大伝馬町」

「日本橋大伝馬町」、その地名は幕府の役職で荷馬を取り扱う道中、伝馬役の屋敷が置かれたことが由来とされている。江戸時代、1丁目は木綿問屋街、2丁目は各種問屋、薬屋、商店が軒を連ね、3丁目には木綿呉服店の大丸屋があり、大いに賑わいを見せていた。また、神田祭と山王祭に一番山車を出す、江戸屈指の豪商がある町でもあった。現在の日本橋大伝馬町も江戸時代の繁栄を思わせる活気を湛えている。

「伊勢参宮略図井東部大伝馬街繁栄之図」※国立国会図書館ウェブサイトより転載。

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