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1.コリドー通り(約40m/徒歩1分) 2.現地周辺街並み(約270m/徒歩4分) 3.コリドー通り(約120m/徒歩2分)4.現地周辺街並み(約110m/徒歩2分)
5.現地周辺街並み(約110m/徒歩2分) 6.コリドー通り(約40m/徒歩1分) 7.現地周辺街並み(約310m/徒歩4分)

TOWN PLANNING

行政と市民が一つになって作り上げた街。 1972年に駅周辺土地区画整理事業が実施され、大きく発展した相模大野の街並み。1990年に伊勢丹相模原店が開業、2013年にはボーノ相模大野がオープン、行政と市民が手を取り合いながら美しい街づくりを進め、今も進化を続けています。
美しく安心して暮らせる街づくりを自治会をあげて進めています。相模大野駅前自治会長 有泉 健一氏 「旭日単光章」受章
緑や文化も大切にしながら、みんなで育んできた相模大野
「みんなで使えるグリーンホールは、高い稼働率で運営」 市民と行政が協力しあって、街づくりが進められました 伊勢丹やボーノなど、バラエティ豊かな買い物ができます 有泉 健一氏
有泉 健一氏 コリドー通りや伊勢丹は、相模大野の象徴としてあり続けています 女性や子どもも安心して暮らせるのも、相模大野の魅力 美しい景観を守るための街づくり協定があります
有泉 健一氏

※取材日:2017年8月 取材を元に構成したものです。

FROM 1981

「ユーロ・ジャパン」をコンセプトに形成された街並み。 相模原市の核拠点のひとつとして定められた相模大野駅周辺地区。その街並みは、ヨーロッパの美しい都市形成を見本としながら進められています。美しい景観を保つために、区域ごとに、建物のイメージや色彩などに配慮された街づくりが図られています。
まちづくり概念図

まちづくり概念図

1 3つの核区画 2 北口区域 3 医療センター跡地区域 4 女子大通り区域 5 銀座通り区域 6 駅東側区域 7 南新町通り・相模大野線区域 8 駅南側区域

出典:相模原市「相模大野駅周辺環境デザイン計画」参照 ※掲載の写真は全て2017年6・7月に撮影したものです。

HISTORY

およそ半世紀をかけ、大きく生まれ変わった相模大野。 1972年に相模大野駅周辺土地区画整理事業がはじまり、1981年の米陸軍医療センターが日本政府に全面返還。時代ごとの節目を経て、ゆっくりと綿密に計画された街づくりが進められてきた相模大野。沿線を代表する商業・文化都市として、およそ半世紀の時をかけて変わり続けています。
1938年 1938年 相模大野駅の前身、通信学校駅が開業。
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1972年 1972年 相模大野駅周辺土地区画整理事業が開始。
1990年 1990年 伊勢丹相模原店、コリドー街がオープン。
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2013年 2013年 ボーノ相模大野が誕生、さらに進化する街並み。

※掲載の空撮写真は国土地理院「地図・空中写真」より参照。

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ザ・パークハウス 相模大野

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1.コリドー通り(約40m/徒歩1分) 2.現地周辺街並み(約270m/徒歩4分) 3.コリドー通り(約120m/徒歩2分)
4.現地周辺街並み(約110m/徒歩2分) 5.現地周辺街並み(約110m/徒歩2分) 6.コリドー通り(約40m/徒歩1分) 7.現地周辺街並み(約310m/徒歩4分)

TOWN PLANNING

行政と市民が
一つになって作り上げた街。

1972年に駅周辺土地区画整理事業※が実施され、大きく発展した相模大野の街並み。
1990年に伊勢丹相模原店が開業、2013年にはボーノ相模大野がオープン、行政と市民が手を取り合いながら美しい街づくりを進め、今も進化を続けています。

※2013年3月相模大野駅周辺土地区画整理事業完了

美しく安心して暮らせる街づくりを自治会をあげて進めています。相模大野駅前自治会長 有泉 健一氏 「旭日単光章」受章

緑や文化も大切にしながら、みんなで育んできた相模大野

1970年から相模大野に住んでいますが、まだ当時は今とは全然違った街でしたね。伊勢丹のあたりも米軍施設だったり、駅の周りにしか賑やかなところはなかったですね。そして、大きく変わりはじめたのが、やはり米軍医療センターの返還でしょう。それを市と県と国が三分割して、県は高等学校(現在の県立相模原中等教育学校)、国は国家公務員宿舎、そして相模原市がロビーシティと伊勢丹とグリーンホールを開発することになりました。

「みんなで使えるグリーンホールは、高い稼働率で運営」

その背景には、現在の相模原市の市長でもある加山市長が、相模大野の再開発事業のトップにいたんですね。とにかく力を入れて、相模大野の街は単に都会だけじゃなくて、みんなが使える文化施設をつくろうということで、それがグリーンホールになったんです。現在でもグリーンホールは稼働率100%近くで運営されています。コンサートや講演会だけじゃなく、学校の吹奏楽とか市の敬老事業にも使われて、まさに市民に親しまれている施設になりましたね。

市民と行政が協力しあって、街づくりが進められました

もともと街づくりをするにあたっても、相模原市が、地域住民や商店街の意見をよく聞いてくれて、単に商業的なものを持ってくるだけはなく、自然豊かな中央公園を作ってくれたんです。駅から近いところにあれだけ大きな公園があって、市民の憩いの場になっていて、もう緑も根付いてますしね。相模大野が今のように発展してきたのは、行政と市民が互いに協力して街づくりを進めているというのが大きいと思います。行政の方も何か工事をするときは住民に十分な意見を吸い上げてからやるという姿勢があるのだと思います。

伊勢丹やボーノなど、バラエティ豊かな買い物ができます

2013年に新しくボーノができましたが、あそこは家族に優しいリーズナブルな価格帯が多いですね。それとは対照的に伊勢丹は高級感のあるものが手に入る。相模大野では色々バラエティ豊かなお買い物ができるのも魅力ですね。

有泉 健一氏

コリドー通りや伊勢丹は、相模大野の象徴としてあり続けています

コリドー通りのアーケードもつくられてから、二十何年と経って馴染んでますね。商店街でも、屋根があって道路が広い。濡れなくていいのも喜ばれています。伊勢丹が相模大野に出店したのも、市長の方で一生懸命働きかけてようやく実現したんです。あの当時まだバブルが崩壊した直後で、百貨店の売上高もまだ右肩上がりだったんですが、そんなに簡単に店舗を作るとこじゃなかったんですが出店してくれて。そのあと10年くらいしてから別館もできましたしね。

有泉 健一氏

女性や子どもも安心して暮らせるのも、相模大野の魅力

町田は賑やかな反面、騒がしすぎるって思っている人も多いみたいです。相模大野は、盛り場ってほど人は集まってこない。女性や子どもがより安心して生活できる街を目指して、自治会でも子ども110番や見守り活動をしていて、みんな熱心に取り組んでいます。

美しい景観を守るための
街づくり協定があります
(ユーロ・ジャパン)

また、コリドー通りには「ユーロ・ジャパン」というコンセプトの街づくり協定があるんです。市がマンションとか建てるときも景観を壊さないように進めていて、あまり奇抜なものとかは建築できない。風俗的なテナントもできないですね。

有泉 健一氏

※取材日:2017年8月 取材を元に構成したものです。

FROM 1981

「ユーロ・ジャパン」をコンセプトに形成された街並み。

相模原市の核拠点のひとつとして定められた相模大野駅周辺地区。その街並みは、ヨーロッパの美しい都市形成を見本としながら進められています。美しい景観を保つために、区域ごとに、建物のイメージや色彩などに配慮された街づくりが図られています。

まちづくり概念図

まちづくり概念図

1 3つの核区画 2 北口区域 3 医療センター跡地区域 4 女子大通り区域 5 銀座通り区域 6 駅東側区域 7 南新町通り・相模大野線区域 8 駅南側区域

出典:相模原市「相模大野駅周辺環境デザイン計画」参照 ※掲載の写真は全て2017年6・7月に撮影したものです。

HISTORY

およそ半世紀をかけ、
大きく生まれ変わった相模大野。

1972年に相模大野駅周辺土地区画整理事業(※)がはじまり、1981年に米陸軍医療センターが日本政府へ全面返還。時代ごとの節目を経て、ゆっくりと綿密に計画された街づくりが進められてきた相模大野。沿線を代表する商業・文化都市として、およそ半世紀の時をかけて変わり続けています。※2013年完成

1938年

1938年相模大野駅の前身、通信学校駅が開業。

通信学校駅から改称し、1940年に相模大野駅が誕生。1945年、相模原陸軍病院が接収され、米陸軍128病院(後の米陸軍医療センター)となる。

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1972年

1972年相模大野駅周辺土地区画整理事業が開始。

相模大野駅周辺土地区画整理事業の開始にともない、県高相合同庁舎が完成※。1981年には米陸軍医療センターが政府に全面返還される。

※1972年完成。

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1990年

1990年伊勢丹相模原店、コリドー街がオープン。

陸軍施設跡地を開発し、ロビーシティ、グルーンホールが誕生。1990年には、伊勢丹相模原店、コリドー通りが完成し、駅前の風景を一新。

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2013年

2013年ボーノ相模大野が誕生、さらに進化する街並み。

1994年に駅北口ペデストリアンデッキが完成。1996年にステーションスクエアが開業。2013年にボーノ相模大野も誕生し、さらに進化を遂げる。

※掲載の空撮写真は国土地理院「地図・空中写真」より参照。

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