芦屋川西町|【公式】ザ・パークハウス 芦屋川西町│阪神本線「芦屋」駅徒歩4分│三菱地所レジデンスの新築分譲マンション

CONCEPT

コンセプト

芦屋、川西町。

邸宅文化を継承する美景の高みへ。

六甲山と芦屋川、老松が美しい風光をとどめる河畔の街。
かつては芦屋邸宅文化の萌芽とともに、
この地の美景に魅せられて芸術家が居を構えた芦屋市川西町。
街の伝統と風景を次世代へと継ぐ、芦屋邸宅文化の感性を磨きます。

ASHIYA KAWANISHICHO

芦屋邸宅街の歴史は、
ここで時を刻み続ける。

松風通り
松風通り(徒歩2分/約126m)
現地付近の街並み
現地付近の街並み(徒歩2分/約92m)
現地付近の街並み
現地付近の街並み(徒歩2分/約97m)

明治後期より始まった
邸宅文化を継承する「芦屋川西町」

明治後期の阪神電鉄の開通から昭和初期にかけて、阪神「芦屋」駅周辺の芦屋川流域に、大阪・神戸からの人々が別荘や住居を構え始めたのが、芦屋邸宅文化の始まりと言われています。芦屋川の畔、松風通りから一本入った閑静な川西町。ここには歴史の脈絡を受け継ぐ邸宅街が、今もなお美景をとどめています。

青少年センターの屋上から見た川西町
青少年センターの屋上から見た川西町※1
雪の日の覚道邸前
雪の日の覚道邸前※1

ここは、実業家であり、
日本画壇を代表する画家であった
「吉原治良」邸跡

「ザ・パークハウス 芦屋川西町」が誕生する芦屋市川西町55番(地番)は、
芦屋川畔の美しい風景に魅了された画家であり、実業家であった吉原治良が居を構えた場所でした。
同じく川西町には、小出楢重などの芸術家がアトリエを構えています。

吉原治良Jiro Yoshihara

1905年~1972年。大阪市出身。具体美術協会の創設者。実業家で吉原製油社長。1954年具体美術協会を創設し、「人の真似をするな。今までにないものをつくれ」という思想のもと、多くの芸術家を輩出。自身では黒地に大きく白い円を描くなど円形を題材にした作品が有名である。67歳没後、具体美術協会は解散したが、その先駆性はいまでも国内外で高く評価されている。

川西町の吉原邸
川西町の吉原邸※1

小出楢重Narashige Koide

1887年〜1931年。大阪市出身。1919年「Nの家族」で樗牛賞を受賞。1924年フランスから帰国後「信濃橋洋画研究所」を設立し、昭和初期の洋画界に新風を吹き込む。1926年、武庫郡精道村平田(現 芦屋市川西町)にあった株式会社小大丸社長 白井忠三郎氏の別荘に引っ越し、昭和初期敷地内にアトリエを構える。現在アトリエは芦屋市立美術博物館内に復元されている。

川西町の小出楢重アトリエ
川西町の小出楢重アトリエ※1
復元されたアトリエ
復元されたアトリエ※2
芦屋市立美術博物館内(徒歩20分・約1,540m)
  • 1 出典:芦屋市 川西町自治会 60周年記念誌 いまむかし
  • 2 写真提供:芦屋市立美術博物館
  • 掲載の現地周辺写真は2019年5月・2021年2月に撮影したものです。
  • 表示距離は現地からの地図上の概算です。徒歩分数は80m=1分として算出し、端数は切り上げております。