2025.11.28
#未来へ漂う香り#日常を豊かにする文化
#環境への配慮
#環境への配慮
300年歩む、香の道。
京都の知と文化を未来へ
元来、宗教や儀式に使われ、
現在では日常にも広く取り入れられているお香。
文化と歴史に育まれ、
千年の都・京都に確かに息づいています。
伝統を守りながらも変化を続け、
香文化を未来へとつなぐ
香老舗 松栄堂13代目社長の
畑 元章さんにお話を伺いました。

店内には多種多様なお香が並ぶ

その日の気分で楽しめるお香
時代を超えて受け継がれる
香老舗の看板と、13代目の志
松栄堂の創業は今からおよそ300年前。丹波篠山の里長・畑六左衞門守吉が興したことに始まります。御所の水や氷の管理をする主水職を務めた3代目の頃に、現在の「松栄堂」として本格的に香づくりに携わるようになりました。それ以来、13代目の畑元章さんまで、香づくり一筋に歩んできました。「香は元々宗教的なものとして生まれましたが、徐々に日常を豊かにする文化として生活に取り入れられるようになりました。お香を選ぶとき、難しく考えるよりも、その日の気分を優先して楽しんでほしい」と畑さん。松栄堂の店頭では、スタッフが相談に乗り、香りとの出会いをサポートしています。大学を卒業後、畑さんは家業を継ぐ道を歩み始めました。製造、販売、営業と、一通りの業務を経験する中で気付いたのは「横に繋がるともっと強くなる」ということでした。「全体を横に見渡す仕事が必要だ」との思いから、組織全体の調和を意識した経営を始めました。さらに、2018年には香り文化の情報発信拠点「薫習館」を開館。松栄堂の伝統はそのままに、新しい時代に合わせた取り組みにも力を入れています。

繊細な香りは熟練の技から生まれる

13代目社長 畑元章さん
京都に息づく香文化と
自然への感謝
「千年の都、京都は、宗教や政治の中心だったため、自然と情報や物品が集まり、お香や工芸、漆などの技術や文化が花開きました。平安時代には貴族がお香を生活の中に取り入れ、香りを楽しむ文化が発展していきました」と畑さんは話します。「京都には『にしんそば理論』という考え方があると教わりました。あまり聞かない理論だと思いますが、京都では「にしん」も「そば」も獲れませんが、外部の素材を取り入れて独自に調和させる技術がある。お香も同様で、原料の多くは東南アジアやインドなどの限られた地域でしか採取されないため、海外から輸入しています。貴重な天然香料の繊細な深みは化学香料では再現するのは難しい。私たちの役目はそれぞれの香りの良さを熟練の手業で調和させ、皆さまの手元まで届けることです」。計量、調合、練り、押し出し、乾燥など、どの工程もわずかな温度や湿度の変化に気を配りながら、感覚と経験で仕上げ、松栄堂のお香が完成するのだとか。
さらに畑さんは、自然への感謝と環境への配慮についても語ります。「先代が常に口にしていたのは、原料や自然への感謝と、その恵みへの恩返しでした。その思いから、清掃や省エネ活動を続け、2012年には社用車に電気自動車を取り入れました。植物と密接な商いだからこそ、地球環境に目を向けることが重要だと考えています」
京都府長岡京市の工場で保護育成する稀少植物を店頭で公開。「きれいに咲いていますね」とお客様や地域の人との会話も生まれ、温かな交流が広がって嬉しく思っている、と畑さんは話します。

いろいろな香りに触れていただけるスペース
(薫習館内)

若い世代や海外の方からも人気の薫ガチャ
100年先へ届けるため
老舗の革新と挑戦
畑さんが大切にしているのは、人とのコミュニケーションです。もともと人と距離を取るタイプでしたが、会社を次の時代へ導くうえで、社員との対話こそが鍵だと気づきます。「年に一度、社員ひとりひとりと30分話す機会を設けています。雑談を交えながら目線を合わせることを大切にしています」そうした、人とのつながりを重視する姿勢は、「薫習館」にも表れています。「日本の香りを気軽に体験してほしい」という思いから生まれた施設で、展示やワークショップを通して誰もが“香りに触れる”ことができます。香りを体験する“かおりBOX”や、原料の香りが楽しめる“香りの柱”など、遊び心あふれる展示がSNSで話題となり、今では年間10万人が訪れるスポットに。「守るべきものはしっかり守りつつ、時代やお客様の声に合わせて柔軟に変えていくことが大切だと思っています。たとえば薫習館ではお香のカプセルトイ「薫ガチャ」を導入したり、企画展やワークショップを開催したり、幅広いお客様に楽しんでいただいています」と畑さん。
最後に畑さんが語ったのは、遠く未来の話でした。「100年後も、私達の香りをお使いいただきたいと思っています。未来でも、人が香を感じ、心を整える時間を持てるように。今私たちは動き続けています」
伝統とは、静止ではなく流れのこと。松栄堂の香りは、京都の街とともに、未来へと漂い続けています。
先人たちの想いと京都の香を
未来へ
未来へ
京都はオックスフォードやマサチューセッツのように世界トップレベルの人材が集まる学術都市です。茶道家や能楽師たちが日常的に生活していて、その文化に気軽に触れることができます。先代は「京都は一大テーマパーク」だと言っていました。枕草子で詠まれる『春はあけぼの』(※)の景色が今でも御所で眺められるなんて、他の都市ではなかなかあり得ないことです。こうした京都の環境が、松栄堂の香文化にも自然と影響を与えています。
私の“一生もん”は先祖代々受け継がれてきたものです。教本や置物、数珠など、一つ一つが代々の想いを伝えてくれます。それを手にするたびに、自分の人生だけでなく、先人たちの文化や歴史も感じられます。京都という街も同じで、先人たちが文化を紡ぎ、世界に誇る街を作ってきました。そんな街の中で暮らせることを誇りに思いますし、香を通して京都の文化を未来に伝え続けたいと考えています。
香老舗 松栄堂 代表取締役社長 畑 元章
※春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる 雲のほそくたなびきたる。

香老舗 松栄堂
(こうろうほ しょうえいどう)
(こうろうほ しょうえいどう)
- 所在地
- / 京都市中京区烏丸通二条上ル東側
- 交通
- / 京都地下鉄烏丸線丸太町駅より徒歩3分
※記載の写真、内容は取材当時(2025年10月)のものです。















