こぐれひでこの暮らしの仲間竃(かまど)のようなテーブルのような
2020年01月08日
東京やパリで十数回の引越しを繰り返してきた筆者が、これまでの自身の暮らしを彩ってきた「暮らしの仲間」について語ります。第1回は、なにもないところからスタートした初めての家づくりで最初に出合った仲間について。
革命200年祭に浮かれる1989年のパリで、私は暇を持て余していた。革命を祝う大騒ぎには満足してしまったし、ほかに面白いことないかなぁと思いながら、毎日街を歩き回っていた。
ある日、ピ~ンポ~ンと頭全体に鳴り響いたのが不動産物件探訪への誘惑。新聞の不動産情報ページに記された《アポイント不要・現地で》の物件へと足を運ぶようになってしまったのである。これはほんの暇つぶし……最初はそのつもりだったのに、だんだん深みにはまっていき、とうとう小ぶりなアパートを買ってしまったのである。リフォーム工事終了の知らせを受け、パリへ行った。
なにもないアパートの中心に立って胸がときめいた。思えば親元を離れてから何回もの引越し遍歴を繰り返してきた私だけれど、全くイチから始められる家づくりはこれが初めて。スプーン一つもないところからスタートできるなんて夢のような話。本来なら、寝具や調理器具や食器など、生活必需品を揃えるべきところ、私が最初に買ったのはイラストにあるテーブルのようなコレ。発見したのはパリ南端にある古物市だった。ガラクタばかりを並べたおじいさんの陣地で居心地悪そうに、恥ずかしそうにしていたのである。
渋めのえんじ色と黒、錆びた鉄の色。古風な配色が素敵だ。アラベスク模様を感じさせるデザインもいい。近寄って眺めるとテーブルならば平らであるべきトップ面が水を張れるような具合に窪んでいる。下にある黒いお盆のようなものはなに? これはなんですか? おじいさんに聞いた。
「これはな、ここ(黒いお盆)に炭を入れたストーブを置いて、一番上(窪んだトップ面)に水を張り、ポトフなどを入れた深鍋を置くんじゃ。ほら下(トップ面の裏側)をのぞいてごらん。穴があいているじゃろ。ここからストーブの熱が伝わるんじゃよ」
意外なことに、竃(カマド)の役割を持つ、テーブルのような姿の家具だったのである。
パリから東京。東京から現在住む三浦半島へ。ともに30年間を過ごしてきた《竃のようなテーブルのようなもの》。
本来の機能を試されたことはなかったが、わが家の一員となってからは、花瓶を支えるテーブルとして活躍している。
気心知れた「暮らしの仲間」である。
イラスト、文=こぐれひでこ
大学卒業後、1972年から3年間パリで暮らす。帰国後、服飾デザイナーとして活躍し、イラストレーター・エッセイストに転身。1989年パリにアパートを購入し、その後13年間パリと東京の二重生活をしていた。著書に『こんな家に住んだ』(立風書房)など。