『路地廊下のマンション』

<審査員賞 メックecoライフ選>

海津 暁美 様

 

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「路地廊下のマンション」

 

 

<シナリオ>

うちのマンションの廊下は少し狭く、廊下と居室の間に専用の外部スペースがあって、共用廊下とは格子の引き戸で仕切られている。例えるなら、町家が並ぶ路地を歩いているような感覚だ。
格子の引き戸の先には、「庭玄関」と呼ばれる土間のような奥行き1.5mの長細いスペースがあって、その向こう側のガラスを開けると、そこからが居室になっている。
庭玄関の使い方は居住者によって様々で、お隣さんはベンチを置いて縁側みたいに使っているし、その他にも、植物をたくさん育ててちょっとしたガーデンのように飾っている人もいる。うちには、趣味のロードバイクを置いている。廊下を仕切る格子の引き戸を全て開け放せば、廊下が下町の路地のような空間に変化する。
ここに越してきた時には、玄関の格子戸を開け放すのに抵抗があったけれど、ご近所さんと顔見知りになるにつれ、格子戸を開け放したり、格子戸を閉めて内側のガラス戸を開けて生活することが多くなった。
自転車のメンテナンスをしている時なんかに、ご近所さんと話が盛り上がる事もしばしばあり、最近では一緒にサイクリングに行くようになった。
こんな、セミパブリックなスペースがあることで、普通のマンションにはない外に向いた生活領域ができる。私の自転車以外にも、観用植物や妻が旅行に行ったときに買ったオブジェ、お気に入りの椅子をこの空間に置いていて、私たち家族の暮らしぶりや好きなコト・モノを日々、ご近所さんに向けて緩やかに発信している。同様に他の家でも、生活を発信してくれているから、近くにどんな人が住んでいて、何が好きなのかが、少しだけ分かるような気がして、心理的な近さを感じる。
せっかくマンションという場所に集まって住んでいるのだから、プライバシー・セキュリティといった概念の元に、自分の空間とパブリックな空間を、完全に区切ってしまうのはもったいないように思う。
自分の暮らしを少しだけ外向きにしていくことで生まれる、自然な人とのつながりや他者の暮らしぶり、空気感を共有し合い、人間味をもったセキュリティに、また、様々な価値観に触れることから作られる豊かな暮らしに活用していきたいと、ここに暮らし始めてから、そんなことを思う。

 

 

<審査員コメント>

(株)メックecoライフ顧問 平生進一 講評

これも『家の顔』と同じ問題点をお持ちになったんだと思います。こちらのほうは、人間がそこに生身で介在して家の前を通る隣近所の人とコミュニケーションをとっていくという方法で、非常に素直によくできているなと感じました。昔の路地では、玄関前の空間におじいちゃんおばあちゃん近所のおじさんがいたんですね。昔は将棋台って言ったんですけど、そこで花火をするとか、お月見をするとか、いろんなことがあったんですね。たぶん海津さんはご経験されてないでしょうけど、若い人はそういうものに魅力を感じるのかなと思いました。

集合住宅に宿命的に起きてしまう北側廊下、プライバシーの大きな壁があって、もっと詳しく言うとその北側廊下に一番プライバシーが高くあるべき寝室が隣接しているという、論理的にいうとかなり苦しい構成になっているんですよね、日本のマンションは。普通、パブリック性の高い通路からややパブリック性の高い居間・食堂に入り、一番プライベート感が高い寝室はいちばん通路から遠いところに配置されるのが当たり前なんですね、とくにアジアを中心とする諸外国の集合住宅はたいていそういう風にできている。日本だけまったく違うというその現実をなんとか解決していきたいというのが私どもの長年のテーマでありまして、このおふたりの提案はそういう意味でも大変膝を打つような提案でした。視点の捉え方がよく、解決の方法がお二人ともにアイデアがあっていいなと思いました。

 

→受賞者コメント

こんな賞をいただけてすごくうれしく思います。今は子育てをしているところなんですけど、母親の目線でも問題意識を持ちながら考えました。ありがとうございました。